東京地方裁判所 昭和59年(ワ)7557号 判決
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【判旨】
一請求原因事実及び原告が昭和五九年三月二二日禁治産宣告の裁判確定し、同日清水芳子が後見人に就職したことは当事者間に争いがない。
二<証拠>によれば、被告は訴外株式会社ダイシンと昭和五五年三月二七日から直接取引を開始したこと、直接取引を開始することについて本件不動産に根抵当権を設定する約であつたこと、同年九月上旬と一〇月下旬の二回にわたり、訴外清水弘二、清水芳子が原告を同伴して被告方を訪れたこと、同年一一月一三日本件不動産につき被告主張のような内容の根抵当権設定契約証書を作成し、原告名を訴外清水弘二が代筆し、訴外清水芳子が原告の実印を押捺したこと、昭和五六年一月二八日被告主張のような内容の根抵当権設定変更契約書を作成し、右同様に訴外清水弘二が原告名を記入し、訴外清水芳子が原告の実印を押捺したこと、原告は昭和五五年一月一日脳硬塞を発症し、一月二日から練馬総合病院に入院し、同年三月一五日武蔵野療園病院に転院し、同年七月九日から昭和五六年四月四日まで石和温泉病院に入院したこと、練馬総合病院に入院当時、意識レベルは低下しているが昏睡ではない状態であつたこと、武蔵野療園病院に入院当時、植物人間的状態ではないが右半身麻痺、歩行不能、言語不明瞭、自己の意思表示は出来ない状態であつたこと、石和温泉病院入院中に外泊したのは昭和五五年九月五日から同月七日まで、九月二〇日から同月二五日まで、一〇月一九日から同月二二日まで、一一月二二日から同月二五日まで、一二月二七日から昭和五六年一月四日までであり、いずれも訴外清水芳子が同伴であつたこと、原告は脳硬塞に罹患し言葉が喋れず周囲の状況がよく理解できず右半身は麻痺し、自身の名前住所も答えられない状態で四年余を経過しているとして、昭和五九年二月一四日心神喪失の常況にある旨の鑑定がなされたこと、訴外清水芳子は妻として事実上後見人としての役割を果し原告の実印、権利証などを所持して財産の管理に当り、これに対して何人からも異議が出なかつたこと、以上の事実が認められ、一部これに反する<証拠>は前掲各証拠と対比し措信できない。右認定の事実によれば本件根抵当権設定契約、同変更契約が締結された当時原告は心神喪失の常況にあつたものというべく、原告の包括的授権の意思表示は無効であつて訴外清水芳子は原告の無権代理人であつたといわざるをえない。
三被告は表見代理の主張をするが、原告が意思能力を喪失するまでに代理権を授与したことを認めるに足る証拠はないから、表見代理の主張はその前提を欠き採用できない。
四前認定のように清水芳子は原告の実印や権利証を所持して財産の管理に当り、原告の名で本件根抵当権設定契約、同変更契約をなすなど事実上後見人としての役割を果しこれに対し何人からも異議がでなかつたこと、本件根抵当権設定契約、同変更契約をするについて原告と利益相互になるとは認められないこと、被告は善意無過失であることなどを考慮すると、清水芳子が後見人に就職し法定代理人の資格を取得するに至つた以上、もはや、信義則上自己がした無権代理行為の追認を拒絶することは許されないと解すべきである(最判昭和四七年二月一八日民集二六巻一号四六頁、名高昭和五五年三月二七日判時九七三号一〇一頁参照)。したがつて、被告の再々抗弁乙は理由があることに帰する。
(村重慶一)